先月9月23日のところで、「これを見られただけでマラトンまで来た甲斐があった」と書いた、その像がこれである。
http://komatsusin.hopto.org/koma/modules/iDiary/index.php?mode=show&date=20070923マラトンは博物館に入ってもその有名な戦いに関する展示がたくさんあるわけではない。マラトンは決してその名前の戦いだけが歴史の場所ではなく、他にももっと見るべきものがあるのだ。そう言いたげな展示であった。
この地域には古代に今よりももっとたくさんの集落があり、外国人の居住地もたくさんあったらしい。それらの遺跡からは、ギリシャ以外からの輸入品も出土する。※地図でこの女神像が発見された遺跡を見つけて、ローカルガイドに「行きたい」と言ったのだが、予約しないと係員がいないという返事だった。
エジプトはギリシャ世界にとっては地中海の対岸にある先進国であった。貿易相手国としても魅力的だった筈で、たくさんのエジプト人たちもマラトンの近くに入植して町を作っていた様である。
そこではもちろん故国の神が信仰された。神殿に祭られたこの像はイシス女神である。エジプト本国で見るものとはだいぶ様子が違う。同じように頭に長い冠をつけ、足を一歩前に踏み出す姿勢をとっているが、像自体の表現があまりにギリシャ的である。
多分、いや間違いなくこの像を造ったのはギリシャ人の職業彫刻家である。外国の神の姿を自国の神を刻む技術で再現しているわけだ。このような折衷像は多分他のギリシャ世界にもあったと思われるが、これだけ大きく、彫刻そのモノとしても質の高いものを、私は始めて見た。
薄い布が肌に張り付いている表現は、ルーブル美術館の「ニケ」を思い出させる。
我が日本を振り返ってみても、中国を経てインドからやってきた仏教神の姿を独自の表現方法で再現していたではなか。文明が交差する所にこういう現象が起きるのは当然のことなのだろう。