世界の写真」では
国別に小松の撮影した写真をお見せしています。

ツアコンモバイル通信」は
日本旅行HP内に掲載した
お話を国毎にまとめました。

手作りの旅》は
こま通信」企画の旅です。
こま通信のお問い合わせは
komatsusin2@gmail.com

までお願いします
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録


★ こま通信日記 ★


2011 年 3 月
  1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31   


Search
朝日のアグリジェント、雨のラグーサ、
2011-03-21 春分の日
昨夜の雨はあがり、アフリカへ続く海が明るく輝いている朝になった。

08:30、その日最初のグループとして朝日に照らされたヘラ神殿へ登る。まだ早い春だから、夏場のようにグループでごったがえす事もない。

日本語の上手な現地ガイドアレッサンドラさんのお話も気持ち良く耳に届いてくる。

古代の町を囲んでいた城壁にそってコンコルディア神殿まで歩いていくコース。古代の街はBC6世紀に建造された13kmにおよぶ城壁と九つの門で囲われ、人口は20万人を数えたそうだ。現代では6万人の人口でしかないのだから、古代の繁栄は現代を遥かにしのいでいたわけだ。

この写真の長い城壁を見るとそれを実感できるだろう。近くを歩くとビザンツ時代の墓もその城壁に造りこまれているのがわかる。それもつまりは古代の城壁が非常に堅固だったからこそ後世までに使う事ができた。

写真の奥に見えるコンコルディア神殿はBC430にギリシャ人によって建設。BC406年にカルタゴに征服されると、他の神殿は破壊されたがここだけがカルタゴの神を祭る場所に変えられた。
キリスト教時代は教会に改築されていたが、18世紀末に現在見られるギリシャ神殿の姿をとりもどした。

ちょうどコンコルディア神殿の後ろになっていて気付かなかったが、この遺跡のど真ん中にヴィラがあらわれる。1921年にこの地を訪れ、住み着いたイギリス人・ハードキャッスル卿の住居ヴィラ・アウレア(黄金のヴィラ)と呼ばれる。
このすぐとなりにあるヘラクレス神殿は、彼が私費で発掘し柱を立てて復元したものである。

**道を渡り、さらに神殿が続く

ゼウス神殿はコンコルディア神殿の七倍もの大きさがあり、ギリシャ世界で最大のものだったそうだが、その巨大さと特異な構造(これだけ他の神殿と違い柱がそのまま壁のなかに埋め込まれるスタイルをしていた)により、建設されて早々に地震で倒壊してしまった。

アグリジェントから発掘された最も有名な巨人=テラモンは、この神殿の柱と柱の間にあったとされている。

通常の日本ツアーは遺跡サイトだけで終わるのだが、今回は幸いにも考古学博物館まで行く時間をとれた。

神殿から遠くに見えたサン・ニコラ教会は倒壊した神殿の石からつくられている。その、すぐ横に考古学博物館がある。
ゼウス神殿のテラモンの本物はここにある。もともとの神殿の壁に立っていた姿で出会うと、その巨大さに誰もが圧倒される。
※この博物館にはほかにも数々の興味深いものがあったので、また別の機会に書きます。

午前11時少し前、博物館を出てラグーサ方向へ向かう。
多くのツアーはカザレ荘モザイクを見学するコースをとるが、今回そこは修復を終えたばかりで、実際には多くの場所がまだ閉まっているという情報だったので、ラグーサとノートの街を見学するコースに変更した。

昼食はラグーサ近くのショッピングモールでごく軽く、ピザの切り売りなどで済ます。時間の節約と今晩をしっかりおいしく食べる為に。

ラグーサの町は川に囲まれた一種スペインのトレドのような地形にある。ここを見張らす風景は絶景なのだが、大型バスでは入れないので普通のツアーでは見られない。

今回二十人乗りを指定しているのはこの風景を見るためでもある。
くねくね曲がる道の途中で降りると、突然に写真で見た風景が眼前に現れた。

何枚も写真を撮っているうちに、しかし、空を覆っていたくもからポツリポツリと雨が落ちてきた。

ラグーサの路地は入り組んでいて雨を避けられる場所もあるのだが、雨脚がだんだん強くなっているのは感じられる。

17世紀末の地震の後、華麗なバロックで再建された迷路をまわっていくのは楽しい。路地や階段の終わりで、突然どぉんと姿を見せる邸宅や教会は大好きだ。
※ラグーサの路地とバロック建築もまた別に載せます。
傘をさしてのラグーサ見学は道も狭いしたいへんだが、まぁ、午前中のアグリジェントの方が晴天でよかった。

最後によくガイドブックに載せられているサン・ジョルジョ教会のある広場でカフェに入り、コーヒータイム。雨の中をやってきた日本人をカフェのひとは暖かく迎えてくれた。

**
一時間半ほどバスで行くと、もうひとつのバロックの街ノートに到着。ここは同じく17世紀の地震の後、完全に別の場所に街を建設している。

つまり、ラグーサとちがってくねくねした路地はなく、直線のすっきりした町並みとなっている。そのなかにバロックの建物が整然と並んでいる。ラグーサとは全く違う明るい真っ直ぐな通りに、整然と装飾豊かなバロック建築が迎えてくれる。

同じバロック都市としてこの二都市を対比するのは面白い。
バロックという人を驚かせる建物は、果たしてどちらの街にふさわしいのだろう?

***
18:05シラクサの旧市街、オルティージャ島のホテルへ到着。

昼食は軽くしていただいたので、夕食はおいしく食べていただこう。ガイドさんにお勧めいただいたレストランをさっと下見に行き、19:30に皆さんをお連れする。

ここまでのシチリアの旅で、間違いなくいちばん美味しい食事であった。※この食事の話もまた別の機会に書きます



Back
予定なし
  • (2014-9-17)


  • (2014-9-17)


  • (2014-8-17)


  • (2014-8-14)


  • (2014-8-14)