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セジェスタ神殿⇒モツィア島⇒エリチェ泊
2011-03-19
08:30グランドホテル・ガリバルディを出るとすぐに、きのうの午後モンレアーレから見晴らした港につきあたった。こんなに港が近かったのだ。パレルモが発展したのはコンカ・ドーロ(黄金の平原)と呼ばれる豊かな土地とこの港にあるという。

一時間半ほど走っていくと、なにもない山の中腹にギリシャ神殿がぽつんと見えてくる。
紀元前五世紀以前にギリシャ人でなく先住民族エリミ人が建てたセジェスタ神殿は屋根がない。これは後世に地震や戦争で壊れたのではなく、もともと未完成だったのである。

神像も無く、宝物も置かれず、屋根もかけられなかったおかげで、この迫力ある神殿の骨組みは二千五百年の年月、ずっとここに建ち続けている。地震の多いこの地で、復元したのではなくずっと建ち続けているのは奇跡的だ。

さらに、専用のシャトルバスで神殿を見下ろす山の上に上ってゆく。
山上の古代の都市遺跡は広い範囲にひろがっており、中でも斜面につくられたギリシャ劇場は、ここでもやはり素晴らしい。

古代に最も栄えた後、中世になってもここには人が住み続けていた。斜面にひろがる大きなギリシャ劇場を埋めるほどの人口を取り戻す事はなかったにしても。モスクやビザンチン時代の教会があり、ノルマン時代の城砦跡も見つかっているところをみると、現在のように完全にうちすてられたのはこの五百年程の事なのではないだろうか。

少し雨が降る中を歩いてから、再びバスで下へ降りる。途上、雲の切れ間からスポットライトのようにセジェスタ神殿に太陽の光が当たった(※写真)

**

正午少し前。海の中に平たくモツィア島が見えてくる頃、風車がいくつもみえてきた。塩田である。塩は古代からこの地方の重要な産物となっている。
風車は水を汲み上げると共に、出来上がった塩の塊を砕く事にも利用されてきた。
熱波の夏には一面白い塩の小山でいっぱいになるのだが、今はない。冬から春にかけては、出来上がった塩を雨から守るこの瓦屋根を見ることが出来る。

※昼食についてはまた別のところにて

午後、珍しいカルタゴの遺跡が残るモツィア島へ船で渡った。
※下記をご覧下さい。
http://www.tour.ne.jp/blog/komatsusin/21865/

***
16時少し前、崖のはるか上にエリチェの街が見えてきた。あの先端にはよく雲がかかる。果たして上がっていくにつれてあたりは霧のようになっていく。

街の城門につくと、城壁も教会も霧の中である。
今日のホテルは城門から少し街に入った、メインストリートど真ん中にある。荷物を置いてから街歩きに出かけた。
霧が少々かかっていても、山と違って街は充分に楽しめる。

行程三日目でまだまだ時差が残っているので、夕食は希望するひとだけ。ホテルのダイニングがなかなか美味しそうなアンティパストのバッフェを用意してくれている。北アフリカ料理のクスクスも楽しむ事ができた。



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