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皇太子セリムが母に奉げたモスク
2008-06-05
オスマンの宮廷世界で一番えらい女性はスルタンの母である。

皇后という存在がほとんど存在し得なかったハーレム体制。ゆえにただ一人の女性というのはスルタンの母であった。スルタンも人の子というわけだ。

トラブゾンはオスマントルコの皇太子が統治を学ぶ為に知事として送られる場所であったので、後年有名なスルタンになる人々がここで青年時代を過ごしている。

また、有名なスレイマン大帝は1494年にトラブゾンで生まれている。父のセリムが皇太子でトラブゾン知事だった時代の子供となる。

1489年24歳のセリムは母ギュルバハーアルと共にトラブゾンに赴任する。翌々年に母の為に建てたのがこのモスク。シナンが登場するずっと以前のモスクなので、ドームもいたって簡単な造りである。

皇太子セリムはその後22年間トラブゾンに留まった。母ギュルバハールは自分の為のモスクが建立されて15年後、1506年に死去してこのモスクのすぐ横に墓がある。

セリムが父バヤズィット2世を退位させ、兄弟達を皆殺しにしてスルタンに即位するのは1512年。トラブゾンからイスタンブールに戻った翌年である。



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