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眼下はヴァヌアツ付近
2007-10-09
直行便でオークランドから成田へ。

飛行機からこんな美しい島々が見えた。航路地図で確認するとちょうどヴァヌアツ付近。南太平洋には小さな島国が多い。我々にはニューカレドニアぐらいしか馴染みがないが、すぐちかくにもフィジー、キリバス、トンガ、サモア、ソロモン諸島などなど。ま、これを「すぐ近く」というにはあまりに広い南太平洋だが。

少し興味が出て調べてみる。ヴァヌアツは1980年に独立した英国連邦の国。80以上の島々の面積をあわせても新潟県ぐらい。人口は約19万人。しかし、言語は113もあると書かれていた。この小さな島国にも複雑な歴史がからみあっている。

初期、この国に外国人を引き寄せたのは白檀の木だった。それがどれほど高く売れるかなど知らない島民から二束三文で買いとり、後には搾取し、島民を虐殺した。

イギリスとフランスは共に影響力を行使しようと宣教師を送り込む。カソリック教会からフランス語が、英国プロテスタント教会から英語がひろまっていく。フランス語は公用語今でも使えるところが多いとか。首都のポート・ヴィラも太平洋のフランス的田舎町だそうだ。

島を大きく変えたのは第二次大戦中突然現れたアメリカ軍であった。ソロモン諸島まで迫っていた日本軍に対抗する為に上陸した10万のアメリカ軍だが、日本軍の襲来は一度だけ。それも飛行機一機がやってきて牛一頭が犠牲になっただけで撃墜された。

島はアメリカ軍の圧倒的な物量で一変する。島一周する道路を建設し、インフラを整備し、住民を雇用する。豊かな生活をはじめて体験した住民は喜んだ。

しかし、大戦が終わると3年でアメリカ軍は引き上げていき、あとにはまた英国とフランスの支配が残った。

戦後独立に到るまでには英国派フランス派、またそれぞれの内部派閥の対立などじつにややこしい闘争があったようである。この国の主要な農産物にちなんで「ココナッツ戦争」と呼ばれる。

最終的には20世紀らしく戦争ではなく選挙の結果、英国連邦の一員として独立する事が決まり、1980年の6月にスタートしている。

一度行ってみたくなりました。



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