「世界の写真」では
国別に小松の撮影した写真をお見せしています。

「ツアコンモバイル通信」は
日本旅行HP内に掲載した
お話を国毎にまとめました。

《手作りの旅》は
「こま通信」企画の旅です。
こま通信のお問い合わせは
komatsusin2@gmail.com

までお願いします
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録


★ こま通信日記 ★

年 月
2014 年 6 月
日 月 火 水 木 金 土
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30      


Search
グレート・ソルトレイクを渡った大陸横断鉄道ルート
2014-06-14
《手造の旅》イエローストーンとグランド・ティトン国立公園、第6日目。
アイダホ溶岩温泉からユタ州ソルトレイクシティに向かう。
*
ユタ州北部のプロモントリーが大陸横断鉄道の最後のレールをつないだ場所だった事を、今回の旅でやっと認識した。
※本日の日記はこちらからご覧ください↓
http://blog.goo.ne.jp/komatsusin/e/5498725b5e84c85599f4f28b1ee322d9

**
ここに載せた写真は、その開通後の話。

いったん開通した大陸横断鉄道だったが、プロモントリーを通るルートというのは、花崗岩の山を貫き険しい山を抜けるあまりにたいへんなルートだと誰もが思っていた。

そこで、考案されたのが「コロンブスの卵」な、湖に長い橋をかけてそこに鉄道を通そうというアイデア。これが実際に建設されたのは1902年から4年にかけてで、旧ルートに比べて69�劼眞蚕未気譴燭里世修Δ澄�

グレートソルトレイク湖が平均水深4メートルほどだからこんな事が可能になった。

この事実は資料の片隅に書かれていたを覚えていたが、実際にどのようなものだったのか?アンテロープアイランドのインフォメーションセンターで訊ねてみると、壁にかかっていたこの地図(写真上)を見せて、「今でも走っているよ」と教えてくれた。

ネットを探してみると、あった!ありました、その当時の彩色写真と思しきモノが(写真下)。

当初、このように木製の橋だったのだが、1944年に橋脚の老朽化によると思われる事故が起こり48人が死亡し、1950年には土を盛ったスタイルに改善され、これによって、グレートソルトレイクは南北に分断された。

さて、今はどうなっているのだろう?
インフォメーションのスタッフ曰く「今は、貨物用の路線になっている筈だよ」 
へぇ〜今でもこんな線路が湖を横断しているのか、知らなかった。


確かに今日、湖を右に見ながら南下してゆく時に、大きな貨物ヤードの先の線路が西に向かっていた。あれだったのか、あの先に湖を超えてゆく線路がまだ現役で使われていたのか。うう〜ん、見てみたい。なんとか方法はないものかしらん。



Back
予定なし
  • (2014-9-17)


  • (2014-9-17)


  • (2014-8-17)


  • (2014-8-14)


  • (2014-8-14)