ルーブル美術館所蔵、ミケランジェロ作「奴隷」は未完の作品である。
未完の雰囲気の作品は、ミェランジェロにけっこう多くて、それは完成していないのではなくNON FINITOという独自のスタイルだと解説されている。
なので、ガイドさんが今回「未完です」と言われた時に、そのNON FINITOのことを指すのだと思ったのだが、よく聞いてみると違った。
「顔の部分から方にかけて、予期しなかったヒビが石の内部に生じ、途中で断念せざるを得なかったのです」
なるほど、確かに顔の部分に巨大なヒビが見える。これは、後世に入ったものだとおもっていたが、ミェランジェロの制作過程であったものだったのか。
自分が彫る石を大理石の産地カラーラまで行って選んでいたというミェランジェロ。「掘り出してほしい人物が石の中に見える」とまで言った彼でさえも、こうした石のハプニングを見抜くことはできなかった。
ここまで彫り上げてヒビが見つかって断念するのは、実に残念なことだったに違いない。
同じような事が、百年少し後のバロック時代の巨匠ベルニーニにもあった事を思い出す。
枢機卿の胸像を彫っていた時、その額の部分に大きなヒビが生じてしまったのである。ほぼ完成しただろうその胸像はしかし、無駄にはならなかった。全く同じ作品を新たに彫り上げて、その二つともを枢機卿に献上したのである。ある、演出と共に。
ミケランジェロには、ベルニーニにあったような演出の才はなかったようだ。それに、これだけの大作になると、もうひとつ同じものを彫るわけにもいかなかっただろう。「奴隷」と題される作品は他にもあるが、同じスタイルのものは、ない。
このヒビはミケランジェロにとってただの誤算だった。がっくりしたミケランジェロの顔が目に浮かぶようだ。