《手造の旅》黄金色スイス6日目。ツェルマットからイタリア語圏ロカルノへ移動する日。
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ナポレオンが大砲が通れる道として整備させた峠。標高2006mの頂上にはイタリアを睨む8mの巨大な鷹がいる。第二次大戦中の1944年に設置されたそうである。
第二次大戦中、スイスは北のドイツ南のイタリアと、枢軸国に挟まれた地理的要害にあった。ムッソリーニはスイスのイタリア語圏を併合しようと画策していた。
スイスはそれを牽制する目的でこの鷹をつくってイタリア側を睨ませているのだそうだ。鷹はナポレオンのシンボルでもある。
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峠を越えて降りていくと道は一度イタリア領に入る。
16人乗りのバスに乗り換え、さらに細い谷の道へ向かう。スーツケースは元の大型バスと共に別ルートにてロカルノへ運ばれる。
イタリア領サンタ・マリア・マジョーレでRE(レ)という小さな村の巡礼教会に立ち寄る。1494年の4月、フレスコ画のマリアが血を流した奇跡が起った場所である。1600年代の中規模なバロック風聖堂と1950年代のモダンな大規模教会がくっついて建設されている。
道は再びスイス領に入り「チェント・ヴァッリ(百の谷)」と呼ばれる狭い道を通り、マジョーレ湖畔ロカルノへ降りてゆく。
海抜200mのロカルノは、当然ながら海抜1600mのツェルマットとは全く違う温かい雰囲気であった。