ヴァレンシアの火祭り最終日。
ここまでの一週間、町のあちこちを飾っていた巨大なファリャ(もともとたいまつを意味しているラテン語からきており、これら人形を指す呼び方)が燃やされる日である。
街中は四六時中バンバンと火薬が鳴っている。あまりに強烈な音。鉄砲みたいな日本でやったら確実に警察を呼ばれるような音なのだが、ここでは小さな子供が嬉々として火をつけて我々の目の前でほり投げたりする。何回もびくっとさせられ、鼓膜がびりっとさせられ心臓に悪い。
こんなのを子供の頃から毎年やっていたら、我々日本人とは音に対する感覚が違っているのも当然だろう。
昼間にはこれら爆竹の巨大ショーもあり、さまざまなパレードが町を練り歩き、市庁舎前は25時のファリャ点火の席取りがすでにはじまっている。
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22時半にホテルから出発し24時に行われる一般のファリャの点火を見学に行く。これらのファリャも充分にすばらしいもので、市庁舎前のものが特に優れているようには、小松の目からはみえなかった。
ファリャは小さなものまで入れると五百体以上あるそうだが、グループとしては二十ぐらいに分かれており、市内の交差点に設置されている。
大きさはまわりのアパートと背比べをする三十メートルに達するようなものまであり、巨大なだけでなく、繊細なつくりがされてる。
材料は昔の紙にかわり、今は骨組みにポリエステルが主流だという事である。
あと数時間で焼かれて灰塵に帰してしまうファリャ達が、夜の街にライトアップされて巨大な姿を屹立させている。これだけの手間をかけたものを一瞬で燃やし尽くしてしまうという無常観。これが火祭りの醍醐味なのだろう。
消防士達はすでに到着して、ファリャが燃えたときに危なくならないようにあちこち穴を開けたり火薬導線を仕込んだりしている。ヴァレンシアの消防士さんたちは他の町よりも出番が多いに違いない。
「一般のファリャの点火は24時」と案内にも記載されているが、実際に同時になど点火されない。なぜなら、消防車がちゃんとスタンバイできていないと火災の危険があるからだ。
この写真のファリャが点火されたのは、三十分近く過ぎた頃だっただろうか。
突然周囲の街頭が消されて、観客から歓声があがりはじめる。しばらくして仕掛けてあった花火がヒュ〜ヒュ〜音をたてて派手に打ち上げられていく、炎はだんだんとファリャの足元を這っていく。
花火がひとしきり打ちあがったころ、おもむろに炎が大きくなり始め、あというまにファリャの半分以上を包む。ここまで三分程度。
美しい人形の顔まで届いた炎はファリャのがらんどうの身体をさらけ出させ、ついにそのうちのひとつの首から下が崩落した。
勢いを増す炎の熱はすさまじく、最前列の観客は危険を感じで後ずさりをはじめ、後ろの観客を押しつぶしそうになったりする。立ち入り禁止ラインも、日本にくらべるとごく近いといえるだろう。だから迫力もあるのだが。
点火から四分、もう人形の表面は焼け落ちていき、むなしい骨組みだけが盛りを少し過ぎた炎にシルエットを見せはじめた。
消防車は容赦なく放水をはじめ、五分後には火勢も落ちてきたのだった。