土用ということで鰻を食べに行くことにした。
急に思い立ったので近所の店を検索すると、三軒出てきた。
せっかくなので、いちばん本格的に見える店へ行く事にする。今日は世間がうなぎを食べようと思う日だから、予約しておく方がよいと思い電話してみる。と、意外にも「いや、うちは待たないと思いますよ」というお答え。とにかくもすぐに家を出た。
駅前の商店街からはしばらく離れた住宅の並ぶ通り沿いに、店は見つかった。 店構えは写真で見たとおり、あまりにもそっけない。小さな石の柱に店の名前が刻まれていなければ、全く普通の家である。そこが鰻屋であることさえも、全く分からない。知っていなければ絶対に入ろうとは思わない店だろう。
引き戸をあけようとして、そこに小さく貼られた文字に気がついた「当店では冷房を使用しておりません」。今日は涼しいのでだいじょうぶだが、いろいろなところにこだわりがある店のようだ。
入るとすぐに席が並んでいる。
ぱっと目に入ったのはカウンターが五席とテーブルが二つ。ぜんぶに、すでに先客がある。まだ奥に席があるのだろうか?
奥に声をかけても反応がない。確かに人がいる気配はするのだけれど。 近頃のとにかくすぐに「いらっしゃいませ〜」と声がかかる店に慣れていると戸惑うだろう。
しばらくして、ゆったりおかみさんが登場、奥の席は別になく、待たなくてはダメかと思ったけれど、ちょうど食べ終わったところだった年配のご夫婦が気を利かせてくださった。
こういう展開も予想して「待たないと思います?」なのか?いや、そのあとに来て「いっぱいです」と断られていた方が何組もあったので、「待たせない」とはつまり「断る」という意味だったか、と知る(笑)
メニューはシンプル。うなぎメニューの他には焼き鳥があるぐらい。 ネットに書かれていた「注文してから一時間は待つからこの焼き鳥を注文して待つと良い」の言葉を思い出し、ご忠告にしたがって焼き鳥も注文する。
覚悟を決めて待つことにして、まわりを見渡す。
席数は詰めて座っても十三席だけ。昭和四十年代ぐらいの雰囲気の木造。冷房はないので部屋の隅から大きめな業務用の扇風機が強すぎる風を送っている。音楽はかかっていない。時折外の道を走る車の音や道を歩いている人の話し声が唐突に聞こえる。
我々の座ったテーブル席は道路側で、障子をあけるとそこはすぐに道路。けっこう車も通るし人の往来も多い。
先に出されたお茶と漬物、そしてもちろん箸。そこで、この写真の箸袋が目に留まった。四つともデザインが違う。いや、これ全部手描きだ!一枚一枚に花や果実が俳画風に描かれている。こういうのはちょっと見たことがない。
「これ、手で描かれているんですね」とおかみさんに言うと、「足では描けませんねぇ」と笑いながら返してくれた。
箸袋ひとつにこれだけのこだわりを見せている店、一時間、お待ちいたしましょう。
出てきた焼き鳥は、その言葉からイメージされるものとは全く違った。しかし、皮をパリパリに焼いて味付けはシンプル。まったく何もつけなくてよい。
待って待って出てきた鰻重も、もちろん予想を裏切る事はなかった。季節のこういう食事には、ちょっと手間がかかっても美味しい店に行きたいものであります。