クルーズ船ルイス・マジェスティ号は終日ロードス島へ停泊。
太陽の神ヘリオスの島、ロードスは一年に三百日晴れるといわれる。小松自身ここではあまり曇っていた記憶もない。今日も気持ちよく晴れている。気温は低めだが暑すぎる夏よりずっと過ごしやすい。
船のオプションはリンドス観光がある。リンドスはなかなか素晴らしい場所なので行く価値もあるのだが、旧市街をじっくり見たいならばその時間を優先する方が良い。
今回は「ロードス島攻防記/塩野七生著」を読んでこられた方が多いので、城壁を含めてゆっくり歩く事にした。
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「ロードス島攻防記」は、実際に丹念に現場を歩いた人でなければ書けない作品である。この島に来てその城壁に立ってみるとそのことがひしひし伝わってくる。
騎士団病院では、ファブリツィオ・デル・カレットの実際の墓碑を見つけた。物語の主人公の叔父で騎士団だった実在の人物である。この墓石の前にも、もちろん塩野さんは来ただろう。
「攻防記」のシーンがそのままに目の前に展開している事だけで感激してしまったのだが、近頃はそんな自分に少々警戒している。
厳に注意せねばならないのは、塩野さんの史観に塗りつぶされて自分の目を失ってしまわないこと。
たくさんの材料からの取捨選択であの物語を出現させた手腕に敬意をはらいつつ、自分自身の視点でロードス島を見ることを常に意識していなければならない。
騎士団病院=現考古学博物館、騎士団長の館、ロロイの塔(この写真はそこから我々の船ルイス・マジェステイを遠望する。港の辺りの城壁も見える)、そして、おいしい昼食。
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美味しい昼食は旧騎士団病院からも近いDINORISという店。有名店らしく、日本のガイドブックにも載せられているようだ。
ここへ行くのは四回目ぐらいになろうか。
昼食には少し早い時間、皆さんを呼んでくる前にひとりで予約しに行く。まだ誰もいない店内に入っていくと、覚えのある小柄なディノリスおじさんが迎えてくれた。
「前回2007年に来たのですが、魚のボール、えっと(と、昔のメモを取り出す)プサロ・ケフテデス、これがほんとに美味しかったので、またこうしてやってきました。それと、あの肉のような食感の魚、ロフォスもあれば是非、食べたいです」
こんな風に言われて喜ばないレストランオーナーはいないだろう。
「それはよくきてくれたねぇ、DO MY BEST! 出来るだけの事をしてあげるよ。 四十年やってきたけれど、わしも今年で引退するよ。義理の息子、ほら背の高い若いのをおぼえてるかい?奴は若くして去年亡くなってしまったんだが、娘が継いでくれるんだ。」
ディノリスさんは、たいして長くもない時間にそんな事まで話してくれた。「背の高い彼」の事も覚えていたので、彼が亡くなってしまったことに少々驚いた。日本でもギリシャでも時は流れて、否応なく人は去っていかねばならない。
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17時過ぎ、ルイス・マジェスティ号はロードスの港を出港した。
いつものように船の最上階デッキからロードスタウンを見送ろう、1523年1月1日の騎士たちのように。
傾きだした陽は逆光で、騎士団長の館が黒く小さな山のように見えている。古代に「ロードスの巨人」が置かれていたという港には、目を凝らすと小さく鹿のモニュメントがある。
突然船が短く警笛を鳴らした。
自分は、また、このロードス島へ来る事があるだろうか?「またきっとくる」と思っている自分もいるが、そう思いながら二度と訪れないで終わってしまう場所が、自分では分からないだけで、たくさんあるに違いない。
予定し、決心して、自覚的に何かを終える事が出来る人は、あるいは幸せなのかもしれない。