
パレルモ郊外のモンレアーレを歩いている時に、小学校高学年ぐらいの女の子達が声をかけてきた。はじめ、何を言っているのかわからなかったけれど「日本でユーロは使えるの?」てな質問をしている事がわかってきた。
皆さんがお手持ちだった日本のコインをプレゼントすると食入るように見入っておりました。はじめて目にする外国のコインというのは、大人でもおもしろいですもんね。
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今日は終日パレルモ滞在。
朝いちばんで
○カプチのカタコンベへ。16世紀以来八千体に及ぶミイラが並ぶ。今まで数々見てきたカタコンベの中でもここはかなり強烈な場所である。
しかし、グロテスクなものばかりではない。 二十世紀はじめに三歳で亡くなったロザリアちゃんは生けるが如く美しく保存されている。何ゆえそのような美しいミイラがつくられる事になったのかは、また別の機会に。
現在シチリア庁舎に使われている
○ノルマン王宮はアラブ時代から使われていた宮殿を大幅に改築したもの。実際には古代からの土台も地下に残っているそうである。
二階にある黄金のモザイクがまばゆいパラティーナ礼拝堂はパレルモ観光のひとつのハイライトであろう。ガイドブックでは1130年初代シチリア王に即位したルッジェーロがつくらせた12世紀のモザイクと説明されている。
が、実際に見てみると後世にかなりの手が入っている事がわかる。調べてみると入り口のものは19世紀の完全新しいものだし、修復というのではなく15世紀のスペイン人支配の時代にも当時の王が自分の名前と紋章を入れたモザイクを残している。
他の部分でもあきらかに様式の違うデザインがたくさん織り込まれており、注意深くみていく必要がある。
★ノルマン王宮の見学の時の写真は下記をごらんください。
http://www.tour.ne.jp/blog/komatsusin/21656/○Porta Nuova(新門)は、ノルマン王宮とつながっている。これもまたひとつの時代の建造だと言い切ってしまえない。もともとは1450年に建造され、屋根のわしの紋章入りマヨルカ焼きは1535年カール五世のアフリカ凱旋の記念につくらせた。 手を切り取られたサラセン人風の巨人が目立つ門入り口付近は1668年のデザイン。
○サンタ・マリア・デッラ・アンミッラリオ教会=通称マルトラーナ教会
後世マルトラーナ修道女会が入ったのでこの名前で呼ばれるが、もともとは12世紀の教会。ルッジェーロ二世の海軍提督だったジョルジョ・ダ・アンティオキアのによって建設された。
現在でもギリシャ正教の教会として機能しているとか?
ここの天井はパラティーナ礼拝堂と同様の完成度を持った金のモザイクで飾られている。
本堂の三分の二の部分までが12世紀のオリジナル。床がこの部分までコズマティ様式となっているのではっきり分かる。
十二世紀からの大聖堂
十六世紀のフィレンツェから買い取られてきたプレトリア大噴水
バロックの四辻クアトロ・カンティ
映画「ゴッドファーザー�掘廚離掘璽鵑濃箸錣譴織泪奪轡盞狆�
・・・これぐらいで時間満了となったが、パレルモはまだまだ見たいところがたくさんある。
昼食の後(食事についてはまた別のところにて)、となり街となるモンレアーレ大聖堂へ。
パレルモから近くにわざわざ対抗するような大聖堂を建設した理由はまたべつのところで言及することにして、ここのモザイクも必見であるのだ。
夕方六時前にポリアマーティ劇場のすぐ裏のホテルに戻ってきて、ここまで二日の疲れが溜まっていたのか、夕食もたべずに寝てしまいました。