ブリエンツ湖を見下ろすロートホルン山頂・標高2350mにただ一軒建つホテル。
朝5時半の日の出少し前に目を覚ますと、すでに明るくなり始めた空には雲ひとつない。
いそいで服を着こんで外へ出る。静かで冷たい山頂の空気がはりつめている。
標高二千メートルのこの山頂には、先週末に降ったという雪がまだ残っている。風は冷たく毛糸の帽子をかぶる。真冬の服装でちょうど良いぐらいだ。
きのう夕方到着した時も眺望はひらけていたが、太陽は雲に隠れていた。今は全く違う世界がゆっくりたちあがろうとしている。
ブリエンツ湖とは逆の山にゆっくりと赤い太陽が姿を現すと、北側にそびえるベルナー・オーバーランドの山々がだんだん赤く染まりはじめた。
キンっと音がしそうなほど冷たい空気のかなたに雪の山々がまるで神々の様に並び立っている。
「この瞬間がほしかった」
どんな季節に行こうと一泊しかしない山頂の朝で晴天に恵まれる保証などないから、これまで《手造の旅》でスイスをとりあげてこなかった。この瞬間に出会えただけで、その怖れをおしてツアーを造った甲斐があった。
きのう行ったピラトゥス山はなんにも見えない霧の中で、「これからずっと霧と雨だったらどうしようか・・・」と内心とても不安になっていたのである。
この瞬間を与えてくれたすべてに、心から感謝。
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9時半過ぎ、蒸気機関車で下山を始める。
ブリエンツ湖が間近に見えてきた時、「ごめん、部屋にパスポート忘れた」と声があがった。
・・・さて、どうする?
我々が乗った列車は10:38にブリエンツに着く。その後トゥーン湖畔のシュピーツに移動し自由昼食の予定にしている。
山頂にある忘れ物パスポートを預かって降りてくる次の列車は12:30到着となる。ただブリエンツで二時間待つわけにはいかない。
そこで、きのうから考えていたトゥーン湖クルーズをしていただくのが良いと気付いた。ブリエンツから三十分のインターラーケンから12:15に出航するクルーズ船は13:38にシュピーツに到着予定。
ブリエンツで12:30に忘れ物パスポートを受け取ってからバスで走れば一時間でシュピーツに到着できるという計算だ。
クルーズ船の代金は「スイス・ハーフプライス・カード」を利用するからたったの10フラン!=約900円。天気の良い今日は楽しいクルーズになるだろう。
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予定道りにパスポートを受け取り、小松がシュピーツに着いたのは予想外に早く13時を少しまわった頃だった。
船が着くまでの三十分ほどを、前から気になっていたシュピーツ城の情報収集に使える。
城が記録に現れるのは1258年。だが、そばにあるロマネスク様式の教会はもともと七世紀にたてられた小さな礼拝堂が元になっており、現在見られる教会も十世紀に遡るのだそうだ。
当時シュピーツを支配していたのはストラットリンゲン家だったが、1338年以降はベルンの名家バーベンベルグ家の所有となった。
城の庭にある新しい銅像はそのバーベンベルグ家の中で最も有名なエイドリアン・フォン・バーベンベルグであった。彼はムルテンの戦いでブルゴーニュ軍を打ち破ったスイスの守護者の一人である。
三十分でも読んでみればそれだけの情報が得られるものだ。城の入り口にある案内板を読んで得られた程度の知識だが、もうすぐ船で到着する皆さんにもちょっと知ってもらうと楽しいだろう。
こんな山の中の町にもそれなりの歴史が記憶されている。
13:40分過ぎ、船は少し遅れてシュピーツ到着。
十世紀の雰囲気をとりもどした城の教会と中庭だけご案内してからバスへ。
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バスごと列車に乗りヴァリスの谷へ抜けるためにカンデルシュティークに着いたのは14:50。次の列車まで五十分の待ち時間となる。少し村を歩く。
この谷の上にはエッシネン湖というちょっとした秘湖がある。そこへあがるリフトもみえているが、また今度。
15:50の列車にバスごと乗り込み真っ暗なトンネルを抜けてゴッペンシュタイン到着。ツェルマットのあるヴァリス州へ入る。
ティーシュに到着し、バスから各自スーツケースを持って降車。いつものように十分間の電車に乗りツェルマット駅17時少し前に到着。17:12のゴールナーグラート鉄道に乗り、いよいよマッターホルンが眼前にそびえるリッフェルアルプ・リゾートに到着!
標高2222メートル。ツェルマットの谷からは到底全体が見えないマッターホルンも、このホテルからは朝夕楽しむ事が出来る。
夕食はホテルのダイニングで。
山岳リゾートでもちゃんと洗練された料理が楽しめる。