シエナを出発しルッカ、ピサ、そしてフィレンツェ泊の一日。
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10時半にルッカの城壁西端にある駐車場に到着。
イタリアの修学旅行グループもたくさんきていてけっこう混雑している。
ルッカはこれまで見てきた坂の多い街ではなく、平地に造られたローマ時代の町を受け継いで出来ている。地図で見てもはっきりと古代ローマの要路カルドとデクマヌスが見て取れる。
楕円形の競技場はそのまま楕円形の広場として残されている。
まずは歩いて★サン・ミケーレ・イン・フォーロ教会へ。
ピサ様式のファサードが美しく、その頂上に身長三メートルのまさに大天使ミカエル(ミケーレ)の像が見下ろしている。この像は祭りの時にはうしろに人が潜んで操り、わしわしと青銅製の羽をはばたかせるのだそうだ。おもしろい。
この写真の細部、色大理石を組み合わせて装飾されたスタイルが美しい。
薄暗い内部には古代の柱も使われている。
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ローマの劇場だった楕円形の広場
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ジャコモ・プッチーニの家(外から)
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★大聖堂
ここのファサードはロマネスクの彫刻を主体に中世のスタイルで装飾されている。一年の12ヵ月をそれぞれ季節の出来事であらわした彫刻が興味深い。
外壁にある「真実に至る迷路」の図は、フランスのシャルトル大聖堂の床に描かれているものによくにている。
巡礼たちが訪れる場所にはどこも同じようなものがある。
ここが巡礼地となっているのは、「世界で最も古い」とされる木製の十字架があるからだ。
伝説ではキリストが処刑された後、そこに立ち会っていたニコデモが彫り上げて無人の船に乗せて海にながした。
それがイタリア半島のルッカ近くの海岸に流れ着き、周囲の町と所有権をあらそったが、十字架を載せた牛がルッカを目指して歩き出したのでこちらの教会に収められることなったという。
服を着て、いかめしく黒い顔にぎょろ目のキリストは、今の我々の目から見るといかにも唐突だ。ホンモノかどうかというのはこの場合論じる意味はない。何百年もの間、そう信じてここで祈っている人々があるのが事実である。
教会に入るのは無料だが、右奥に有料で公開している彫刻がある。ヤコポ・デッラ・クエルチャが1406年に製作したイラリア・デル・カレットの等身大墓碑である。
シエナのカンポ広場中央にあるガイアの噴水の製作者と言えばわかりやすいかもしれない。
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昼食はルッカ在住のガイドさんに予約をお願いしておいた。
前菜のブルスケッタには、トマト、レバーペーストと共にラルド・ディ・コロンナータが登場
次にアスパラのリゾットとトルデッリと呼ばれるルッカ版ラビオリ。最後にズッキーニやトマトに具を載せて焼いたもの。
旬のアスパラは今回なんどもいろいろなかたちで食べる。このリゾットはいかなりいけていた。伝説のラルドもさすがである。
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14時過ぎにピサの駐車場へ到着。
「奇跡の広場」へシャトルバスで移動し、大聖堂内部を見学。15時に洗礼堂でのエコー実演を聞く。
いつもピサの観光はこの斜塔のあるエリアだけなのだが、今回は旧市街へも行くように時間をとった。
ピサはメディチ家に支配される以前から大学の町として有名で、現在でもたくさんの大学生が住んでいる。
ロマネスク様式のサン・シスト教会はこの町の旧守護聖人にささげられた教会。ファサードには陶器の皿がはりつけられるピサ独特の装飾だ。内部には14世紀の船の舵が飾られていた。
サンタ・アンナ大学やステファノ騎士団の教会がある「騎士の広場」は、16世紀に美しくまとめられた。
老舗カフェ・レストラン、ロ・スフィツィオのある繁華街あたりを歩くと、斜塔しか見ていなかったピサの印象が新たになる。こういう時間が三十分あるだけで旅は深みを増すのだ。
アルノ川のほとりまで出て、川向こうの市庁舎を確認してから斜塔までもどる。
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フィレンツェ駅前のバリオーニホテルには18時過ぎの到着となった。