穏やかに晴れたハイデルベルグの朝、城と旧市街を観光し昼食。
午後、シュトットガルトへ移動し、まずは旧市街から十分ほどの距離にあるマリティムホテルへチェックイン。
15時から徒歩でシュトットガルトの旧市街をまわる。
夕食はPRINCE OF INDIAというまさにインド料理レストランに予約されていた。店に入ってすぐスパイスの匂いでいっぱいだったから心配したが、出てきたマウル・タッシェンはちゃんとドイツ料理だった。
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ヒトラー暗殺計画を扱ったトム・クルーズの映画「ワルキューレ」の主人公がシュタウフェンベルグ大佐である。
彼のファミリーはこのシュトットガルトの出身だ。
はじめて訪れた時のガイドさんが、市の中心にある城にあった記念碑を説明してくれた。わずか三十秒ほどの案内がずっと記憶に残っている。
小さな記念碑はその後訪れた時にはなくなってしまっていた。別のガイドさんに尋ねてもシュタウフェンベルグについてちゃんと説明出来る方には残念ながら出会えなかった。
が、今回数年ぶりにその最初の時のガイドさんにお会いできたのである。同じ街でも案内する人によってまったく違う輝きをみせてくれる。
一般的な観光を終えてから「もう少しお願いします」と、シュタウフェンベルグについて質問すると、この写真の看板のところへ案内してくれた。
記念碑はなくなったが、彼らについての小さな展示室が出来ていたのだ。ついさっき近くを歩いていたのに気づいていなかった。なんたる自分の目の節穴さかげんよ。
シュタウフェンベルグ家はもともとヴィッテンベルグ王家に使える貴族で、ヴィッテンベルグ王ヴィルヘルム二世(ドイツ国王と同じ名前だが別人)の侍従長だったそうだ。
ヒトラー暗殺を企てた兄弟も父と共に若い頃この城にも住んでいたことがあるのだという。それでここに記念館がつくられたのか。
「ドイツではあのトム・クルーズの映画、どんな評判ですか?」
と質問してみる。
「やっぱりウケませんでしたね。それよりも、しばらく前にドイツで製作された彼についてのテレビドラマの方が印象強いです。そこでは彼がもともとヒトラーの熱烈な崇拝者だったところからえがかれていましたし・・・」
なるほど。
トム・クルーズの映画では暗殺計画のスタートからはじめているが、ナチスの高官だったシュタウフェンベルグ大佐がもともと反ヒトラーだったはずはない。
ヒトラーは自分の政権を支える人物に、ワイマール体制によって地位を追われた旧貴族たちをたくみにとりこんでいたのだから。
シュタウフェンベルグ大佐の生前の言葉。
「この計画が失敗すれば国家に反逆したと言われるだろうが、何もしなければ良心に背くことになる」
成功するかは誰にも分からないが、始めなければ何事にも成功はない。重要なのは、後になって良心に対して後悔しないですむ行動をとることなのだ。
いつの時代でもそれは簡単ではない。
だからこそ「行動できた人」は賞賛に値する。