飛行機は北海道上空に入り雪をかぶった山々が見えてきた。
日高山脈、大雪山、複雑な形の湖は屈斜路湖だろうか。
機内アナウンスが女満別空港は晴れていると告げた。
着陸、ターミナルビルを出ると穏やかな北海道の秋空が迎えてくれた。
空港を出るとすぐに畑や牧草地がひろがる。
進行方向に見える斜里岳は山頂が白い。
ついきのうまで雨を降らせていた台風18号が山頂に雪を用意してくれていた。
不意に海が見えてくる。
白波が幾重にも追いかけて打ち寄せている。海からの風がびゅうびゅうと草をなびかせているのがわかる。
「こんな荒々しいオホーツク海は珍しいんですよ」
その海に向かい釣竿を投げている人もある。ちょうど鮭が遡上してくるシーズンである。
左に海を見ながらいくつもカーブを曲がる。
曲がるたびに知床半島が近づいてくる。
いくつめかを曲がったところでバス内に「おぉ〜」と歓声があがった。
それまで黒いだけだった山々の上に真っ白な知床連山が見えていた。
「羅臼岳が今年はじめて雪をかぶったところを見ました、皆さんほんとに運が良いですね」
これほどの天気を準備してくれたていたオホーツクの神様に感謝しなくては。
**
12時15分、ウトロ到着。
昼食はウトロでは「ここがいちばん」と言われる一休屋。ここは基本的に予約をとってくれないので、6月の下見の時には別の海鮮丼を試していた。しかし、これが全然たいした事なかった。
「最初の食事がおいしくないとねぇ・・・」という事で事情を話してなんとかお願いできたのである。海産物の産地でも、どこの食堂で食べても美味しいというわけではないのだ。
「鮭の遡上、今はすぐ近くの川がいちばんだそうですよ」
昼食を食べ終わった後、ほんとうに店のすぐ前の川辺に降りてみると、お!いるわいるわ。四十センチから五十センチぐらいの大きな鮭が、体をぼろぼろにしながら上流に向かっているではないか。
「樺太マスですね」
辞書をひいてみると、鮭族の中ではこれでも小さい種類なのだそうだ。
川にはちゃんと遡上できるように魚道がもうけてあるが、それは「ほんとにここを魚が登れるの?」と思うような急流にみえた。
かもめがたくさん待っている。
かもめにとっても人にとっても熊にとっても、鮭は最高の食料なのだ。
シベリアを旅した大黒屋光太夫一行が、餓えの冬を過ごした後、川が真っ黒に見えるほどの鮭が川を遡上してくる春になって命をつなぐことが出来たという記述を思い出した。
***
午後一時半、きのこ狩りへ出発。
気温も上がり雲がなくなり、いよいよ秋の高い青空がひろがる。
知床横断道路の途中、ほんのちょっとだけ車が止められる場所が見えるが、まさかそこがポンホロ沼への入り口だとは・・・なかなか気付かない。 特に入り口にはわざと刈らない熊笹が背丈ほどに生い茂っている。
森の中へ入ると、「うっそうとした」という感じでは全然なく、思ったよりも木漏れ日が明るい。 今日の為に「きのこ名人」と異名をとる松本さんというかたに来てもらっている。
「最高のお天気になりましたねぇ、きっとたくさん見つかりますとも」
大きな木もたくさんあるし、さぞやたくさんのきのこが生えているんだろうなぁ、と我々も思って歩いていく。いくつも大木の根元を調べながら歩くが、あれ? 三十分ほども歩いたのに、どうしたことか全然きのこが見つからない。
たまにあってもそれは素人目にも食べられそうにないシロモノばかりである。
松本さんも最初の楽観からだんだんあせりを感じ始めたと見え、だんだんと森の奥へ足が向く。
「ここまっすぐいってください」と我々に言い置くと右の斜面へのしのしあがっていく、と、しばらくするとなぜか左前方に姿が見えるという神出鬼没。
どうも、当初考えていたとは状況がちがうらしい。
やはり「名人」としてはきのこを見つけなくてメンツがたたないというところなのだろう。
我々はしかし、木漏れ日の森の散策を充分楽しんでいる。
気がつくと、左下に林が切れている草地が見える。
「あ、これがポンホロ沼か」
誰かがネットに載せていた写真思い出した。
陽だまりの様なその場所へ降りてゆくと・・・あ! 林の上にさっき見た雪の羅臼岳がアタマを覗かせているではないか。
それはほんとうに我々を待っていてくれた姿に見えた。
「あったよぉ〜〜」
知床の森の奥から実に嬉しそうな声が聞こえてきた。
声のした方へ皆で歩いていくと、三十センチぐらいはある大きなマイタケとともに安心して一服している嬉しそうな松本さんがいた。
マイタケがあった事そのものよりも、松本さんのなんともいえない満面の笑顔が良い。
皆をもっと嬉しい気持ちにさせてくれる。
****
知床自然センターに戻って、こんどはフレベの滝へ歩く。
今度は良く整備された道。
「あ、鹿だ」
鹿はだんだん見慣れてくる。奈良の鹿と違い飼われているわけではないが人間を見てもほとんど逃げない。だんだん犬を見ているようなきになってくる。
フレベの滝まで着くと太陽はもうだいぶ傾いていた。
振り返ると、おお、そこには雪をかぶった知床連山が夕陽に赤くそびえている⇒写真。
*****
今晩は温泉民宿「酋長の家」泊。
夕食前にひと風呂浴びようと降りていく。
三人ほどしか入れない家庭の風呂だったが濁った自然の温泉である。とても熱くてはじめなかなか入れないほどだったが、これが本当に自然の温度なのだそうだ。さすが火山列島日本。
夕食は民宿の目の前にある番屋で鹿肉のバーベキュー。
大きながらんとした空間にはカラフルな大漁旗がたくさん飾られている。
冬には毎日ここで猟師さんたちが集まるのだそうだ。
ビールケース板を敷いた椅子とテーブルにはアイヌの伝統料理もずらりと並べられている。 カムイチェップ(神の魚=鮭の事)オハウ(汁)、キトビロ(行者にんにく)てんぷら、どれもおいしい日本の味だと感じた。これは「アイヌ料理がおいしい」というよりも、これを料理してくださった梅沢さんはじめ酋長の家の皆さんの腕前なのだと思う。
梅沢さんご夫妻のお話や演奏があって、これらの料理もよりおいしくなった。
今日の夕食の目玉は鹿肉。
今回手配の労をとってくれた長南(ちょうなん)さんが自ら生肉を購入してきて調理してくれる。
巨大な肉の塊を開き、あいだにたくさん野菜を詰め込み豪快に網で焼き上げる。
脂の多い肉は火にかけてしばらくすると豪快な炎につつまれ、番屋は煙でくもってきた。
焼きあがるまで三十分ほど。ホイルをはずすと真っ黒に焼けた表面。しかし、これをスライスしてゆくと、スパイスや野菜の風味が程よくしみこんだローストディアになっているのがわかる。
今までヨーロッパでなんども鹿肉を食べてきたが、それらよりも今回の方が確実に美味しいと感じた。やっぱり日本人には日本人的な調理の方があっているのかもしれない。