サンクト・ペテルブルグをめぐる一日。
ペテロパブロフスク要塞内部を見学。
ロシア史を肌身に感じるのにとても適した場所なのに、何故かツアーでは外観のみになっていることが多い。
ロマノフ王家の墓所があるというだけではなく、いろいろな歴史が俯瞰できる場所なのである。
たとえば、下記の様に・・・
http://komatsusin.hopto.org/koma/modules/iDiary/index.php?mode=show&date=20070905**
この写真はペトロ・パブロフスク要塞の中でひときわ目立つ尖塔を持つ教会の入り口入ったすぐ左にある墓。
父ピョートルに対してクーデターを企てた長男アレクセイの墓である。亡命したが捕らえられ、大帝自らが処刑を命じた。
処刑前に獄死したのがまだ救いだったのかもしれない。
このクーデター騒ぎにはピョートルの最初の妻や姉も加担していた。
スエーデンとの二十年にわたる戦争に勝利し、新しい町を位置から建設し、自らも船を建造できる大工仕事を出来る技術があり、身長2メートルを越す長身痩躯のスーパーマン。ピョートル大帝。
そんな彼でも結婚と子育てだけは自分の思うようにはいかなかったのだ。
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この要塞に入ったのが11:50頃。
教会の前を歩いていると、突然バン!
強烈な衝撃爆発音が響いた。短く乾いた音は耳というよりアタマと腹に響く程強烈な音だった。
すぐに「あ、12時になったのだ」と思い出した。
要塞の海に面した城壁から正午に大砲を打ち出す習慣はいつ頃から始まったものなのだろう。
それにしても大砲というのは本当に大きな音を出す。
空砲でこれなのだから、実弾を発射して撃ち合う戦場とは想像を絶する爆発音のに包まれた世界だったのだろう。
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オーロラ号の甲板へ搭乗。
これについてはまた別の日に
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13:10にイサク寺院近くのレストラン「コレリ(猿)」というレストランへ。
田舎サラダはパンと共に食べるとおいしい。
パンをおかわりしようとすると20ルーブル別料金といわれた。
スープは肉のソリャンカ。玉ねぎがたっぷり入って濃厚な味わい。
メインは鶏肉のロースト。ケチャップと共に。なんということはない。
付け合せに脂濃いバターライスとさっぱりしたキャベツサラダ。
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14:30 三十分遅れて郊外の「ヤコブソンバレー学校」到着。
周辺は社会主義時代の団地で、中心の歴史的エリアとは全く違うペテルスブルグの顔がある。
6歳からはじまるスクールの子供たちは、すばらしく堂々とした演技を見せてくれた。
中心部へ戻るバスは行きとは違い四十分ほどしかかからなかった。
16:10イサク聖堂近くの運河から乗船。
約50分のクルーズ。
雨を心配したが、雲の合間に太陽が覗きとてもすごしやすいお天気だった。