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ペテルブルグ到着
2009-07-20 海の日
成田よりJAL441便に乗りモスクワへ向かう。

シェレメチボではなくドモデジョボ空港へは空港混雑で15分遅延して到着。

日本はインフルエンザが流行っているとされて?、到着後に検疫官が乗り込んできて、ひとりひとりに赤い光線を当てて熱をはかる作業。これは、幸い搭乗人数が多くなかったので思うより早く終わる。

16:30降機して入国。
外国パスポートだけ途中から二階への階段を上がるように指示される。ロシア人とは完全に別のエリア。
入国手続きはまだまだ時間がかかる。荷物がすでにベルトで回っているのが向こうに見えているのに・・・やきもき。

全員が入国して荷物をPUできたのはなんと17:20。
乗継のS7043便の出発まで50分となっていた。

税関は無事に通り、国内線へ急ぐ。

国内線でチェックインカウンター126を確認(S7は国際線からくると一番とおい)。さらにS7カウンターへ近づくとかなりの行列であった。

近くのカウンターへ事情をはなしたが案の定埒あかず、
一度は行列に並んだもののすぐに、「このまま並んでいては間に合わない」と焦る。

係員の動きを見ていて、権限のありそうな女性の係員にめぼしをつけ、搭乗券を示して事情を説明。

すでに17:30、行列の中で不安にかられている我々。
権限ありそうな女性係員は、ようやく我々の人数13名を確認し、
一番右端のカウンターへ行くように指示。行列をスキップすることができ、これで無事に荷物を預ける事ができるかと思いきや・・・カウンターのスタッフはJAL発券の搭乗券を見てしばらく回りに質問質問。

日本で発券された搭乗券はDMO空港の職員には不思議に見えるらしく
セキュリティでもチェックインでも何度も作業の手が止まる。
権限ある女性を大声で呼んでいろいろ話してからやっと手続き開始。

幸いこの時には荷物を飛行機に運ぶための男性が
待機してくれたので、「相手は乗せるつもりだ」と少し安心。
ただ、時間はすでに17:45をまわる。荷物全部にタッグがついたのは、すでに17:55。

ここで出された搭乗券にGate44とプリントされていたので目指して急ぎ歩き出す。セキュリティが混雑しているのを危惧したが幸いここはそうでもなかった。

セキュリティを過ぎて店の並ぶエリアをどんどん通り越し
一番奥の44が見えてくると、なんとゲートがクローズしている!
一瞬「だめだったか」とがっくり。

しかし、よく見るとGate44の表示は全然別の行き先になっていた。

係員に搭乗券を示すと手書きで「38」と書き換えたので
あわてて引き返し38へ。

しかし、ここも別の目的地表示、いったいどうなんたんだ?
あらためて電光掲示をみると、表示が54になっていることを発見。

54は一階下へ降りるバスゲートエリア。
FINAL CALLが点滅している誰も行列していないゲートでは
係員がどうやら我々の到着を待っていた。
チケットを手で切り取り、我々だけ乗ったがらがらのバスで飛行機へ運ばれていくとき
時間は出発時間の18:10。

モスクワ、まだ二時間乗継では危ない、
あらためて認識いたしました。


同じJALフライトに乗っていた30人ほどのグループが
二十分ほど遅れてS7カウンターにやってきたけれど・・・飛行機には乗ってこなかった。

***
ペテルブルグは雨が上がったばかりのようで
雲は低くたれこめているが大変涼しく気持ちよい。
道路は混まず21時前にはコリンシアホテル到着。

チェックインして皆さんに両替してもらうと思ったら、なんと、先月まであった人の居る両替所が無くなってしまったのだそうだ。

今はドルとユーロしか受け付けない機械の両替機だけ。
どんどん状況の変わるロシアであります。



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