ザルツブルグを出て一度ウィーン方向へ戻り、リンツあたりから北上してチェコ国境へ向かう。
旧社会主義国へ入っていくわけだが、EUに加盟しシェンゲン条約にも署名したチェコへ入る場所では、現在身分証明書確認さえ行われていない。
小さな小屋でチェコの通貨コルナへの両替をしているだけである。
さらに北上し、元祖バドワイザーのあるチェスキー・ブドメリツを過ぎ、正午過ぎには中世の町並みがそのまま残されたチェスキー・クルムロフに到着。
今日はこの町を歩いて見学した後、旧市街のホテルに宿泊する。この町を訪れる日本人は、誰でも「ここに泊まってみたいなぁ」と思うのだから、この行程はとても嬉しい。
元修道院のホテルを出ると、すぐ前のテラスからこんなすばらしい夕景が楽しめた。
午後に見学した古城が目の前にそびえている。
中世から近代まで増築を重ねていった建築であることがよくわかる。
今回はこの城の中も見学し、チェコでもっとも有名な幽霊「白い貴婦人」の出る部屋も通ってきた。
☆「白い貴婦人」とは・・・
ローゼンベルグ家の当主ウルリッヒ二世の娘ペルフタは、少女時代はクルムロフ城で幸せに育った。政略結婚で同じハプスブルグ家に仕えるリヒテンシュテイン家に嫁いだのだが、夫は彼女を虐待し前妻の親族からもいじめられたそうな。
そのDV亭主はしかし、彼女よりずっと年上だったので先に寿命がやってくる。死の床でキリスト教徒らしく今までの仕打ちを妻にわびたのだったが、ペルフタは決して許さなかった。
死に際の夫は彼女を呪って死んでいった。
実家に帰る事になったペルフタだったが、この事がずっとトラウマになったらしく、笑顔を見せることもなくなり、1476年に49歳で亡くなった後も幽霊として徘徊するようになった。
ある夜、城の一室でローゼンベルグ家の赤ん坊が寝かされていた。居眠りしていた乳母がふと気づくと、寝かされていた赤ん坊を見知らぬ「白い貴婦人」が抱いている。
乳母が驚き咎めると、「私にはわがファミリーの子供を見届ける権利がある」と怒ったという。
彼女はこの城だけでなくいくつもあるローゼンベルグ家の城に出没する。 見かけた時彼女が白い手袋をしていれば吉兆。黒ならば悪いことが起きるとされている。
近年、日本の旅番組でもこの幽霊のことが取り上げられていたそうな・・
http://www.mbs.jp/ururun/backno/080316.shtml