そのリビングルームにはトマス・モアの肖像画と向かい合わせて、彼を死地に追いやった政敵トマス・クロムウェルの肖像画がかけられているのだそうだ。
二枚の肖像画の絶妙の配置は、1915年にこの二つを手に入れた実業家ヘンリー・フリックの意志によるものである。
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トマス・モアの肖像画は幸いな事に高名な画家ハンス・ホルバインによってたくさん残されていて、トラファルガー広場に面したナショナル・ギャラリーの別館になるポートレート・ギャラリーの最上階でそれらを見る事ができる。
私がトマス・モアという人物に興味を持ったのも、はじめはその肖像がからだった。
ホルバインの描いたトマス・モアの肖像はたくさんあるが、その中で個人的に最も見たいものは、実はロンドンにはない。ニューヨークの個人コレクション美術館、フリック・コレクションに所蔵されている。冒頭のリビングルームはその邸宅美術館の一室だ。
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ホルバインは1526年、たぶん27歳の時にロンドンへやってきた。エラスムスの紹介状によってトマス・モアにより厚遇され、家も近くに住む事になる。49歳のモアを描いたのは到着の翌年である。
対する政敵トマス・クロムウェルの肖像はその約五年後に描かれた。腕利きの画家は政治にかかわりなく重用されるものだ。モアよりもクロムウェルは7歳若かったから、この二つの肖像はだいたい同年齢の二人を描いている事になる。
二枚の絵は同じくホルバインだが色調が少し異なる。寒色が多くなるのはロンドンのホルバイン第二期の特徴なのだそうだ。(フリックコレクションの解説による)。
カソリックからの離脱を支持して国王ヘンリー八世に取り入ったクロムウェルだったが、モア処刑の五年後に自分もまたロンドン塔の露と消える運命とは知るはずもなかっただろう。
両者共にホルバインの筆によりその性格をよく写し取られているようにみえる。次にNYCへ行く機会には直接お会いしましょう。