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「とんかつ大木」の閉店
2008-09-01
今回は、少々個人的な話を。
外食の時に家族の誰からも文句の出ない店が「とんかつ大木」だった。駅向こうで決して近くはないのだけれど、あの定食を食べるのであれば遠くない、そう思える店だった。
おいしいカツと山盛りの手作業の千切りキャベツ。お気に入りは「チキンチーズ」と「やきにく」時にエビフライも組み合わされた「三色」定食。必ずついてくるのは、出汁が絶妙の味噌汁。
はじめていったのは十五年以上前。テレビのよく見える二人掛けの席に並んで座っていた。やがて、乳母車を押していき、座敷席を使うようになった。そこからひとり、ふたりと定食を食べる人数がふえて、今では普通に定食は四人前を注文するようになった。
十五年間、店のひとたちはまったく変らない顔ぶれであった。「ごちそうさま」「ありがとうございました」というやりとりしかしなかったけれど、奥でカツをあげているおじさんは職人風のひとだった。
乳母車を覗き込んであやしてくれていたおばさんは、その子が、そのうちお箸を使いだすと、子供にも味噌汁を出してくれた。座敷においてあった信楽狸を怖がっていた子供達だが「家にいるみたいな匂いだったんだ」と言っていた。
今日、しばらくぶりにその店に行くとシャッターが下りていた。
定休日じゃなかったよね?と思って近づくと「8月31日をもって急遽、閉店致しました」と貼紙がしてあった。
何十年も続いてきた店が突然閉まってしまう事情は、ただのお客にわかるはずもない。この店が閉まったあと、どんな店が入るのだろう。コンビニやよくあるドラッグストアになってしまうのだろうか。
かわりにいった駅ビルの中の「とんかつW幸」。おいしいとはおもうけれど、マニュアルの応対がとても空虚に感じて、失ったものの大きさがじわじわと染みてきた。
なじみの店というのはそう簡単には出来ない。いつ来て食べても「そうそう、これこれ! 世界のどんな料理よりおいしいなぁ」と思える店はなおさら。
こんな事を言うと旅先でおいしいものを探す自分に水をさす様だけれど、「世界で一番美味しい料理」とは、きっといつも食べている近くのお気に入りなのである。
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