真っ暗な夜の草原。
ばらばらとゲルの屋根をたたく雨音。
空の上をごうごうと流れていく風の音。
小さなゲルで眠る自分のなんと小さな事か。
ふと気づくと頭のすぐちかくでにゃおにゃおと子猫の鳴き声が聞こえた。どこから迷ってきたのだろう、草原では猫はほとんど見かけないのに…。
朝、低く垂れ込めた雲。
きのうと20度も違うのではないかと思う寒さだ。
ゲルの外に出ても猫のすがたなどどこにもない。
今日はハラホリンからさらに西へ。
アルハンガイ県の県都ツェツェルレグの町へ移動する日。
寒い一日を覚悟していたが、午前中走っているうちに空が開いて青空が見え始める。草原の上をとうとうと白い雲が流れてゆく様はいつまで見ていても見飽きない。
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昼には今日宿泊のツェツェルレグの町に到着。
この頃にはさわやかなよい天気になってきた。
欧米人プロデュースの新しいホテルに荷物を置き、昼食。
午後からゆっくりツェツェルレグの町をまわる。
まずは町の北にあるボルガン山の御堂にのぼる。事前に入手していた写真にはなかった階段が造られていた。御堂の前にも真新しい菩薩像が建っていたが、これらは階段や門も含めて2007年に修復したばかりのものである。
見下ろすとふもとにある「県立博物館」というのが、実は元の寺院の建物であった事がわかる。そばにはいまだ廃墟の寺が見える。
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県立博物館⇒元の寺院へ入ると伸び放題の雑草がなんともうらぶれた雰囲気を演出している。古いチュルク文字?の碑文が中庭にぽつんと建っている。
展示をしている部屋は鍵かかけられていて、管理人にたのむとようやく開けてくれた。
展示のはじめはここに生活していた生き仏ザヤ・ケゲンの使っていたものが置かれている。1586年にこの寺を興した人だと理解していたら、ザヤ・ゲゲンは転生するラマ(僧)で、二十世紀初頭まで第六代がここを使っていたのだそうだ。どうりで新しそうな爪きりなどが展示されてた。
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社会主義時代になると、それまで政教一致でやってきたモンゴルはソ連によって強引に変更されていく。
たくさんいたラマ僧たちは反体制の烙印を押され、住む場所であった僧院を追われ、何万人もが処刑された。今でも多くの寺院が荒れ果て、住む人もない状況なのはそのせいである。
後半にはそういった社会主義時代の展示が続く。
あまり楽しそうでない社会主義時代のヒーローの話。モンゴルではじめての宇宙飛行士の写真(ソ連の宇宙船にのった)。
そんな中で目を引いたのがこの絵である。
ソ連の衛星国にされていた20世紀半ばのモンゴルで、宗教=政治の中心であった僧侶達がどんな目に遭っていったのか、視覚的によくわかる。
この絵は1999年に描かれたものだから、社会主義がどのようにモンゴルで強制的に浸透させられていったのかを後世に伝える目的で描かれたのだろう。