朝ウランバートルを出発。
町を出てしばらくすると舗装道路は工事中となり、「どこでも自由に走ってください」状態の道が草原に縦横に通っている。
途中草原での昼食をはさみ、未舗装道路を三時間以上も走行、午後2時前にようやくルンという町から舗装道路に戻る事ができた。
その後二時間ほどで古のモンゴル帝国首都カラコルムのあった町=ハラホリンに到着。古都の遺構は、通称「亀石」を残すのみだが、エルデニゾーと呼ばれるモンゴル帝国最初の寺院群が現在も命脈を保っている。
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夕食に、今回どこかで経験していただきたいと思っていた「ホルホグ」をお願いする。運転してくれているバイルさんが交渉し、今晩宿泊するツーリストゲルの持ち主が、草原に住む兄弟の家に連れて行ってくれた。
草原の丘を登り下りして到着。
まもなくこの家の三人の子供達が一匹の山羊をむりやり引きずってくる。これが今晩の我々の夕食である。
登場した家の主人は、仮借なく山羊をひっくり返して左手で前足二本を束ね持つ。右手にはすでに10cmほどの鋭利なナイフが握られている。
祈りもなにもない。
ためらいも恐れもない。
ただ日常の料理を作る手さばきで、ナイフが山羊の胸にもぐりこむ。次に深く差し込まれた指で動脈を切断する。これが大地に血を流さずに敬意を払って死に至らしめる方法なのである。
ほんのしばらく足をばたつかせた山羊はすぐに静かになった。
小学生の息子達は父親を手伝い、口から血が吹き出さないように山羊の口を押さえ支えている。この子達にとっても山羊を解体する事は日常の風景なのだ。秋から小学校にあがるという末の息子も「ホルホグもうすぐできるよ」と我々に向かって笑顔を見せる。
小さなナイフでも達人の手にかかると切れ味はすばらしい。
まるでコートを脱がせるように皮を剥ぎ、メキっと音を立てて四肢を折り切り取る。内臓をとりだし、血をたらいに汲み出す。
首は切り取りオボー(草原ではたくさん見られる祈りの場所)に置く。
腿や背肉などの美味しい部位を選別する。味付けしてなべに入れたところに、赤くなるまで焼いておいた石を入れるとジュジュっと蒸気をあげた。なべにふたをし、しっかり密閉して圧力鍋状態にして待ち続ける。
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昼間じりじり照りつけていた陽はだんだん弱まり、草原の向こうの空が暗くなってきた。嵐の前の風が吹き始め遠くから雨の匂い。地平線の上に稲妻がひかり、草原の空全体に雷鳴が響く。
午後8時、大粒の雨が落ち始めたかとおもうと、あっという間に底抜けの豪雨となった。人間は屋根に駆け込むが、犬達も山羊も馬も雨の中に立っている。
となりのゲルでは羊がまだまだ煮えている。
まだ・・・まだ。
運転手のバイルさんは大きな体をまるめて、付け合せのサラダにするきゅうりを切ってくれている。
激しく屋根を叩いていた雨が、30分後にはすうっと止み、空気はぐっと冷たくなった。
午後九時少し前にようやく出来上がったホルホグが運び込まれた。
焼いた石はまだまだ暖かく「これを持つと健康に良い」と渡してくれる。
山盛りの肉はたっぷりの脂が光っている。
素手で骨を持ちかぶりついた瞬間に16年前のおいしい記憶が甦ってきた。