いけどもいけども何もない緑の草原の中に高さ三十メートルのチンギス・ハーンの巨像が姿をあらわす。前もって写真を見ていない人には強烈に記憶に残る建造物だろう。インパクトはUFOなみかもしれない。
近づくにつれ、それはほんとうに巨大な建造物なのだと分かる。
銀色のチンギス巨像はさっそうと草原の世界を我がものとして闊歩している。
日本を出発する前の情報では、このチンギス巨像はもうそろそろ完成して、中に入れるはずだった。しかし近づいてみるとまだ工事中の様子。
「ああ、残念。この像を見るため・上るためだけに足をのばしてやってきたのに」
と、我々の残念そうな様子を見て、工事現場にいたひとりの男が我々に同行していたガイドに話しかけてくる。
「ひとり五千トゥグルク=約¥五百で像の中に上らせてくれると言ってます」との事。工事人が勝手にアルバイトにしているのだ。
でも、二度と来ないかもしれない我々、入れるならばイイかぁ・・・。導かれるままに中に入り暗い階段を案内され上っていく。
何回からせんを抜け、途中窓の外に巨大な馬の足が見えた。さらに上がると突然視界がひらけ、眼下に茫漠たる草原がひろがる。テラスに出て振り向くと「あ!」そこには巨大なチンギスの顔があった。我々は馬の頭の部分に上ってきていたのである。迫力あるチンギスに対面して圧倒されるというこの趣向はなかなかのものだ。
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モンゴル人にとって、チンギス・ハーンというのはもちろん唯一無二の英雄である。しかし、ソ連の衛星国だった社会主義時代のモンゴルで、それを口にする事は反体制の証だった。学校でもチンギス・ハーンは「侵略者」として教えられて、ソ連から見た「タタールの軛」という負のイメージをモンゴル人自身も押しつけられてきたのだ。
「何かおかしい?」と感じるモンゴル人は多かっただろうけれど、モンゴル人が公にチンギス・ハーン賛美を口に出来るようになったのはほんのここ十年ほどの事でしかない。
苦難の社会主義時代を終え、2006年にモンゴル帝国の創立八百年記念に至り、やっとチンギスの名がモンゴル中で甦る。ウランバートルの中心広場にあった社会主義の英雄の廟は撤去され、代わりに建設された国会議事堂の入り口には五メートルのチンギス座像が置かれた。(両サイドには二代オゴデイ、五代フビライの像もある)。国際空港は「チンギス・ハーン空港」と改名。 生誕地ダダルにも大きな記念碑が建てられ、観光客を誘致するようになった。
そしてついに、この30mの巨像まで草原のど真ん中に登場することになったのである。