午前中、ルーアン観光。
終わってから昼食まで一時間だけだが自由時間となった。
旧市場広場から超早足で10分!ずっと見たいと思っていたルーアン美術館へ、文字通り走り込んだ。
ルーアンにまつわる絵画の中で、もっとも有名なものはモネが描いた大聖堂のシリーズであろう。全部で三十点ほど描かれた連作だが、それらは世界中に散逸してしまっている。
このうち何点かを並べて見学出来る美術館というと、パリのオルセー美術館ぐらいしかない。
肝心のルーアンにはかつては一枚も残っていなかったのだそうだ。
フランソワ・ドッポという資産家が自分の印象派コレクションの一枚としてルーアン美術館へ寄贈して、やっと一枚だけ、描かれたルーアンの地で見ることが出来るようになったのだ。
そして、このコレクションは「決して持ち出さないこと」という寄贈の条件がつけられているので、ここへ来ないと見ることが出来ない。1993年に開催された「ルーアン美術館展」でも、来日することはもちろんなかった。
私が美術館の入り口へ走りむと、空いた館内で係員がにこやかに迎えてくれた。三ユーロの入場料を払い、フロア・プランを受け取ると、歩き始めた。
モネの「大聖堂」が最も見たい作品だとはいっても、それだけしか見ないような美術館訪問にはしたくない。この先美術好きの人に訊かれたときに、少しはまともに見ておかないと的確な案内も出来ない。
クラシックな石造り二階建てのビルを一階からぐるっと歩くと、コレクションの主体は中世の宗教画からルネサンス、バロック、各時代にわたる幅広いものであることが分かった。
歩いている中で、びたっと足が止められたのは、ベラスケスの描いたひとつの肖像画だったりした。
また、印象派出現前の19世紀はじめごろのサロン風歴史画なども、けっこう立派である。ルーアンで火刑に処されたジャンヌ・ダルクの逸話を描いた絵も何枚か目をひいた。
で、肝心のモネの「大聖堂」は?
それは、二階の一番かどの部屋に、この写真のように何気なくかけられていた。はじめまわった時には通り過ぎてしまった部屋の中にあったのである。ルーアン美術館にとっては、特別扱いすべき一枚の絵だとおもってやってきた私の予想を完全に裏切ってくれる展示であったわけだ。
実はこれにはわけがある。
はじめこれらの印象派コレクションを寄贈しようと申し出があったとき、ルーアン美術館は、あまり乗り気でなく、実質的に同意しなかったので流れてしまったというのである。
「大聖堂」は『アイスクリームが溶けたようだ』とサロン派からは酷評されていた時代。あまりに新しすぎる作品だったのである。
のちに印象派が世間から高い評価を得るようになって、美術館側が考えを変え、「大聖堂」は展示されることになった。しかし、その展示された位置は一般の作品と同等、ということだ。
ルーアン美術館にとっては、印象派のほかにもたくさんの名品があるというのは良く認識できた訪問であった。