
きのう、国立劇場へ行くのに、半蔵門駅の�“崕亳�を地上に上がったところで、ひとつの看板を見つけた。
現代の地図と共に、この写真のような江戸時代、1856年(安政三年)の地図が載せられていた。
これを見ると今の麹町周辺の町並みは、道路の通し方、建物の配置など江戸の都市計画を現代に引き継いでいることに気がつく。地図の上はすぐに江戸城だから、まさに江戸の都市計画の中心である。
現在国立劇場があるところには、播磨明石藩の江戸屋敷があったことも分かる。
おもしろいのは、赤く塗られているところが空き地であった事。火事を止めるための「火除明地」兼、馬場となっていたわけだ。現場付近を歩いてみると、これがかなりの広さだった事が実感できる。
江戸というのは、もしかしたら、パリの町なみに都市計画がしっかり実現されていた町だったのかもしれない。
今の東京、どこでどう間違ってしまったのだろう。