「ええことおしえたろか〜、ジョン・レノン死んだでぇ〜」
「え〜、うそぉ〜!」
1980年の12月8日。
日本では12月9日になっていただろう。
京都のとある大学生だった。
講義室に入っていくと、軽音楽部の友人が軽口のように私に言った一言を覚えている。
本当だった。
1961年生まれは直接ビートルズの世代ではない。
聞き始めた中学三年の頃にはすでにソロ活動の時代で、ポールはウィングスでヒットをとばしていた。Band on the ranとかJetが深夜放送で毎日かかっていた。彼がビートルズであったという事は知っていても、はじめはうまく結びつかなかった。
それでも、はじめて自分で買ったLP盤はビートルズの「HELP!」。嬉しくて枕元に置いて寝たのを覚えている。誰にとってもはじめて買った一枚は忘れられない。高校ではお昼代を節約して一枚一枚LPを買いたしていった。今とは比較にならない情熱で、それらを舐めるように聴きつづけた。
自分にとってリアルタイムで出たジョンのLPは1975年の「Rock’n’roll」。これはジョンが好きだった昔の曲のカバーアルバム。Stand by meもここで始めて聞いたので、はじめはジョン・レノンの曲だと思っていた14歳であった。
しかし、それ以後、ジョンはレコードを出さなくなった。高校生といういちばん音楽にのめりこみ始める時期にジョンは新譜を出さなかった事になる。ショーン君が生まれ、主夫業を楽しんでいたなんていう事はずいぶん後になってから知ったのだ。
一番新しいカバーレコードから遡り、ソロからビートルズ時代のすべての曲を聴いた。それは海賊版にまで及び、当時リリースされていた楽曲はほんとうに全て聞いていた。
ビートルズ時代前期の分かりやすい曲からだんだんと難解な歌詞になっていき、いったい何を歌っているのか当時の自分には理解できないものも多かった。それははっきりいって「こども」だった私には難しすぎたのだろう。
だから、ジョンが活動を再開しているというニュースを聞いたときに、無条件に嬉しいというよりも「いったいどんなモノを聞かせてくれるのだろう」と思った。
11月、ついにレコードが発売され、一曲目のStarting over(⇒「出直し」という意味)を聴いた時には、ゆったりした曲調に拍子抜け(笑)。ほんとうにジョン・レノンが戻ってきたという実感と、オノ・ヨーコのけっしてうまいとは言えないボーカルと交互に配置された構成に戸惑いを感じた。
しかし、歌詞を知り、その伝えようとする事が分かってくると、じんじんと染みてくる曲となっていった。
・・・そして、そのニュースがとどいたのであった。
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NYCへ始めていったときに、どうしても行きたかった場所はここである。彼の住んだダコタ・ハウス。彼が撃たれたこの玄関前。
歌のメッセージなど、字面でしか理解していなかった大学生の頃よりも、彼の死んだ40才をとおにまわってしまった今の方がずっと。ジョン・レノンの作品をもっと聴きたいと思う気持ちが強くなっている。人を悼む気持ちというのも成長する。理解するのに、ずっとずっと時間がかかる事もたくさんある。
これから先長くかけなくては理解できない事も、まだまだあるに違いない。