今回松山へ来た直接の理由は、《手作りの旅》南イタリア、アメリカ西部、にそれぞれ参加してくださる方が、偶然にも同じ松山にお住まいだったからである。はじめ別々にお会いする予定だったのだが、時間の関係で一緒に会食する事になった。
初対面の方々をひきあわせるのは、ちょっとした賭けである。
波長が合わないと、なんとも気まずい空気がながれたりする。食べている料理だっておいしくなくなる。これから行こうとする旅さえおもしろくないように思えてくる。
しかし、今回のひきあわせは、きっと楽しいものになる確信があった。
一方は、私と何度かご一緒したことのある御夫妻。もうおひとりは、懇意な方からご紹介いただき、私も始めてお会いする、人形を製作されている方である。電話ではなんどかお話していたので、雰囲気は理解していた。
場所は、松山に皇室がお輿になると必ず利用される「ふなや」という老舗旅館である。ネットによると三百七十年の伝統があるのだそうだ。
ロビーでお会いして軽くご紹介のあと、レストランの入り口に向かうと、この写真の人形が飾られていた。「額田王」である。人形はまさにこの方の作品で、小松が「作品が拝見したい」とお願いしていたので、ここを場に選んでいただいたのである。
うしろに和歌の書かれた色紙が置かれていた。
「熟田津(にきたつ)に船乗りせむと月待てば 潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」
なぜ松山に額田王なのか?これを読んでも分からなかった勉強不足の私に御夫妻のほうの奥様が教えてくれた。「熱田津っていうのは今の道後温泉のことなんよ。ちょうど潮待ちをしたりして滞在する港町やったんよ。お上と御一緒に滞在されてたんやね」なるほど!
「この色紙はうちの主人が書きました」と人形作家の方。
御主人も知られた書家で、この「ふなや」のロビーにかけられた大きな額も御主人の作だそうだ。
お花をされる奥様と、人形作家の方とはこうしてだんだんお話されるようになり、席について懐石の器が運ばれてくる頃には和やかに談笑されるようになっていった。こうして知らなかった人同士が繋がっていき、お互いを刺激しあえるのはほんとうに嬉しい事です。
ご主人もゆったりと話をきかれて、時折上手に話を助けてくださる。私がへたに気を使って話を継ぐ必要などなかった。おいしく、懐石料理を楽しむ事ができた(笑)。
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正直言うとネットでこの人形達を見たときには「ちょっとこわいな」という印象を持っていた私だった。しかし、目の前で見た額田王は少しも「怖い」という感情を湧き出させなかった。皇室の方がお泊りになった部屋にも人形が置かれていたのだそうだ。朝、ホテルの方が「よくお休みになれましたか」と声をかけると、「女神さまの人形がみていてくださったので、とてもよく眠れました」とお答えになったそうだ。その人形をとても気に入っていただけたので、ホテルの方で進呈したそうである。
人形にとても興味があるわけではない小松だが、これは寝室にあってもコワくない人形であるかもしれない。それに、造った人とこうしてお話しているのだから、尚の事。
南イタリアも、アメリカ西部も、楽しい旅になりそうである。
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誰もが、ひとつひとつの旅にそれなりの思いがあって出発する。我々旅が日常化している者にとっても、そういう想いを事前にきかされると、意気込みも格別のものになってくる。そうして一回一回自分を鼓舞して、自分の旅に妥協しないようにしていかなくてはならない。