ブルージュを出発し、午前中ゲントの観光。ここではヤン・ファン・エイクの15世紀前半の祭壇画「神秘の子羊」を見るのが欠かせない。この時代にはイタリアよりも北ヨーロッパの方が絵画先進地域であった。私はそう思って見ている。
この比類なき細密画。背景の風景の細部まで緻密に描きこまれている。ルネサンス期に背景をぼかして描くスフマート手法がこういった伝統を失わせていったように感じる。
すべての場面が丹念に描かれているが、個人的に最も目を惹かれるのが、この寄進者ヨドクス・フェイトを描いた板。聖人を描く時の理想的美化もここには必要ない。はげた頭、皮膚の皺からは、この人物の老いだけでなく俗物感や「なまぐささ」と表現したくなるものも伝わってくる。五百年先に自分の姿が残されると思っていたら、あるいは「もうちっとはきれいに描かそう」と思っただろうか?これと対になっている婦人の全身肖像。こちらも仮借なく描かれている。女性ならもっとそういう気持ちになったのではないか。
当然この夫妻は自分がどのように描かれたかを確認しただろう。自分の肖像画というのは、誰でもそう満足いくものではない。ヤン・ファン・エイクがこれを本人に見せた時、どんな反応を示したのか、ちょっと興味がわいてくる。
ヤン・ファン・エイクの作品は他のものを見ても、俗人はかなり辛辣に描いている。彼の妻にたいしてさえそうである。その描写の容赦のなさが魅力である。