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ビルマの竪琴
2005-08-27
ケーブルテレビで偶然に見た。
戦後60年企画の一環だそうである。
製作年を見てみると1985年となっている。今から20年前、ちょうど戦後40年ということになる。
この20年の差はとても大きいのではないかと思う。
この映画の出来不出来はなく、扱われているテーマにたいしてどれだけの人が関心を持ってくれるかという事。
映画は遠い昔の事を扱っても、良い作品ならばきのうの事のように感じさせてくれる。涙を流させてくれる。しかし、少なくとも見るその場にきてくれるだけの関心、レンタルで借り出させるだけの興味を引かなくてはならない。
そのために有利なネタを考えて映画製作は行われるのだ。
戦後捕虜を扱ったこのテーマはどうしてもどうしても古びてみててくるだろう。戦後40年の1985年に私が感じたよりも、60年後の今日の方がなお。
調べてみると監督の市川崑氏は1956年にも白黒で「ビルマの竪琴」を撮っている。このときは戦後11年。「我が事」として見る観客もたくさんいたことだろう。
そして40年後に再度撮ったのは、思い入れがあったのだと感じる。我が事として見る人が少なくなった時代にこそ、作品としての完成度の高さが求められる。
※シベリア抑留を扱った劇団四季の「異国の丘」という作品は、浅利慶太氏が、自分が語り継がねばならないと思って創った作品ときいている。こっちも見たくなりました。
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