今回のロンドンでは、ナショナル・ギャラリーでカラバッジョの展覧をやっているのに、思いがけず遭遇した。
ローマの多くの教会や美術館、シチリア、マルタ島と、少なからず彼の作品を見て回ってきた。日本でも公開された東京都庭園美術館のカラバッジョ展にも行った。
それに私がもっとも信頼する絵画館であるロンドンのナショナル・ギャラリーが取り上げるというのだ。これはどうしても行かずばなりますまい。
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入場人数は30分毎に制限されている。
日本の美術展の場合、無料招待券が山のように流布しているせいか、そのような方策はほとんどとられないようだ。
しかし、あまりに混雑する美術館はすでに絵画を感じる場所ではなくなってしまう。
今回も14時に行ったときには15時30分以降の入場券しかない状態であった。私は17時からの30分間に入場する券を買った。
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「FAINAL YEARS」というテーマが設定され、カラバッジョがローマで決闘し人を殺して逃亡をはじめる1605年から、旅の途上での死までの足掛け5年間が取り上げられている。
わずか37歳で死んでいるから、晩年といってもまだまだ血気盛んな年齢である。
展示室はわずか6室。
作品も16品。
これでよいのである。
うち8点は私がはじめてみるものであった。
アメリカはオハイオの美術館、銀行の個人コレクション、イタリアクレモナやナポリの美術館、フランスのナンシー美術館。そうそう見る事がかなわない作品が一同に会している。
そして何よりも、これらを系統だって解説してくれるストーリーがすばらしい。展覧会の価値というのは、有名作品を見せる事ではなく、作品の価値を見に来た人に知らしめるという目的が、どの程度達せられたかで決まる。
ナショナル・ギャラリーの小規模な展示は、この点においていつも最高に満足させてくれる。言葉の壁のあるこの外国人にたいしてさえもそうなのだ。
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殺人を犯す前と後で、同じ「サロメ」の主題がどのように変化しているか。
急いで描いた事によってどのような技術的な変化が現れているのか。
随所に現れる自画像が、その時々でなにを言いたのか。
などなど、かなりの奥深さで考察が加えられている。
そして、最後の部屋にはローマのボルゲーゼ美術館で何度となく対面してきた「ゴリアテの首を持つダビデ」が、暗闇に一枚だけ展示されていた。
この首だけのゴリアテが、カラバッジョ自身の自画像であるという事は、たくさんの解説書が書いている。日本の簡単なガイドブックにも出ている程度の、よく知られた事である。
しかし、それが「何故?」なのかという事は、今回の解説によってはじめて納得する事が出来た。