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荒天も天の配剤
2004-09-24
パドバからヴェネチアまでは、かつてヴェネチア貴族達が利用した運河で結ばれている。その河畔には、現在でも四千(!)といわれる数のヴィラが残っているそうだ。

本日、ヴェネチアに戻るのに、このルートをいく運河クルーズを選んだ。
天気予報は雨。しかし、実際はくもり程度で、船のデッキで過ごすには丁度良い天気だった。

ナポレオンが接収し、一泊しかしなかったヴィラ・ピサ-二には、ナポレオンの使ったバスルームが残っている。どこのヴィラにも快適な庭があることが、ヴェネチアとは決定的に違っている。
やはりヴェネチアのような町で過ごすのは、窮屈なのだろうと推察する。
有名な庭園の迷路も少し体験。

午前中はくもりで雨は降ってこなかったのだが、昼食で下船している時から、空模様は急変し、強風と豪雨が始まった。

現代に名を残す16世紀の建築家パラーディオの残した「ヴィラ・フォスカリ」が河畔に姿をあらわす頃には、大嵐。なんだかホーンテッド・マンションに入場するような雰囲気になっていた。
(でも、実にすばらしい雰囲気の建築です)

14時半頃、ついに船はヴェネチアまでの運行を断念。
荒天のため、運河の水位が上がりすぎ、ヴェネチアまで行くことが出来ないという。

用意されたバスに乗り換えて、ヴェネチアのローマ広場に15時過ぎには着いていた。
これは、もともと船でいった場合よりも3時間は早い到着である。

この3時間を、我々三名は無駄にしなかった。
時間がないからと今回諦めていたアカデミア美術館を訪れたのである。
そこで我々は、み損ねたと思っていたこの絵に出会うことが出来た。

ジョルジョーネ作「聖リベラーレと聖フランチェスコを従えた聖母子」本来はカステルフランコで見られる筈の作品は、こちらにきていたのだった。

そうか、この荒天もまた「天の配剤」であったか!



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